あのカウンター席の中で集まろう

 なぜ蕎麦にラー油を入れるのか、という店名の蕎麦屋がある。


 店名にもなった疑問に対して「そんなもん知るか」という感想を多くの人は抱くだろうが店を立ち上げた人間にとってその疑問はかねてから積もりに積もっていた疑問であったのだろう。そしてその答えを自ら解決したいがために店を立ち上げたのだろう、と俺は推測している。そう、「なぜ蕎麦にラー油を入れるのか」という疑問に対して答えが見つかっていればこのような店はなかったのだ。疑問に対する回答の追究にはしばしば実践が伴い、俺の場合で言えば、なぜアイドルのライブを観るのかという疑問を、AKIHABARAカルチャーズビル6階のアイドル育成型カフェのカウンター席に居座ることで実践しているのである。
 「なぜアイドルのライブを観るのか」という疑問に対する実践として、普通はAKBやら乃木坂やらハロプロやらのアイドルのライブを観ることを選択するわけだ。野外でも屋内でもコンサートホールでもライブハウスでも上手でも下手でも最前席でも最後尾でも、とりあえず「ライブを観る」という選択をとるのが普通であると思っている。しかし俺は「ライブを観る」という選択をいつの間にか避けるようになっていた。特別な思想があるわけではなく、単純に立ちっぱなしでライブを観ることが体力的に苦痛になっていたからであり、椅子が用意されているようなライブ*1であれば「ライブを観る」という選択をしたわけだ。
 実践として「アイドル育成型カフェのカウンター席に居座る」という選択を選んだ理由は体力的な面ばかりではない。ここで理由をつらつら述べても良いのだが冗長に過ぎるようにも思うので、具体例として先日AKIHABARAカルチャーズビル6階のアイドル育成型カフェ―――即ち、バックステージPASS(通称バクステ)に行ったときのレポートまがいの文章を箇条書きに記してみたいと思う。

  • 21:00前後だったか、バクステ着。客はまず受付にいるキャスト(店員)にどの席に入りたいかを告げる必要があるのだが、エリアがカウンターやステージなどに分割されていてそのエリアの席が全て埋まっていればそこのエリアの席が空くまで待つ必要がある。
  • 俺が入りたいと思っているカウンターの席はわずか5席であり、席が空くまで待つという事態をよく経験することになる。この日もそうだった。とはいえ、退屈しないのはエレベーター前の待合スペースにはモニターが設置されていて、そこでライブの様子を観る事ができるからだ。
  • モニターでは星野七瀬という名のキャストが泣きながら感謝の念を述べていた。この日は彼女の誕生日であり、キャストが誕生日を迎えると生誕ステージという名目でソロで曲を歌えたり客にメッセージを伝えることができるのである。これがライブ会場なら全ての客の視線がステージに向くところではあるが、ここは食事もアルコールも提供するカフェである。中には友人同士でくっちゃべったりキャストとおしゃべりしたりする客もいる。何があっても全ての客が一定の方向に集中していないというのは、俺にとってリラックスできる要因のひとつである。
  • 星野さんの生誕ステージが終わってから何十分と経って、俺はカウンター席に座った。ステージではキャストがソロステージとして他の歌手の曲を歌っていたが、この日誰が何を歌っていたか思い出せないということは、それほど印象に残らなかったということだろう。ステージにおいては個性と斬新さが必要であることは論をまたず、そういう意味では4期生の上田さんの『RPG』(SEKAI NO OWARI)や、6期生の黒木さんの『nerve』(BiS)や同じく6期生の宮部さんの『Desire』(中森明菜)が最近では印象に残っている。
  • だが、カウンターに居座ることの意味はステージ上のキャストのパフォーマンスにあるのではなく、テーブルに置かれたアルコールを飲み干すことにあった。あったのだが、その日俺が飲んだのは北海道ではポピュラーな清涼飲料水であるガラナだった。年のせいか、毎日アルコールを摂取することへの恐怖が募った結果である。
  • アルコールももちろんだが、カウンターに居座ることの一番の利点は一人でいられることに尽きる。別にテーブル席に一人で座ってもいいし、ステージ側には一人席も用意されているのだが、テーブル席の場合他の客とテーブルを共有しなくてはならず、一人のスペースはそれだけ限られることになる。一方、ステージ側の一人席は左側が壁に面しているため視界が狭いように感じる。カウンター席を選ぶのは消去法によるものであった。
  • 一人でいられることは他者との接触を拒絶することであり、俺は他のキャストとしゃべることはなかった。例外的にADなぎささんとか弘松さんとか白石先生*2など話しかけてくれるキャストもいるにはいるのだが、周囲の客の喧騒と俺自身のリスニング能力の低さにより、大体の会話は俺がえ?え?と何度も会話を聞き返しているうちにいつの間にか終了していることが多い。
  • 他者との会話ができない俺ができることは、スマートフォンツイッターまとめサイトを眺めてそこらの犯罪者のようにニヤニヤ笑いを浮かべるか、キャストの働きぶりを見ながらいろいろと考えるかのどちらかであった。ふと前方に目をやると、俺の目の前には「PARAISO」という名前の酒瓶があった。「おらといっしょにぱらいそさいくだ!」というとある漫画のセリフを思い出した。


 どう考えても冗長に過ぎない箇条書きのレポートであった。ともあれ、アイドル育成型カフェのカウンター席に居座るということは、ライブを観るという楽しみとはまた違う楽しみを持つのだということだけは理解していただきたいのである。そして俺はまたバクステに行くだろう。普通の顔して行ったんじゃつまらないから吉田類のような酒飲み気取りであのカウンター席に座ろう。

*1:大阪を拠点に活動しているJK21が上京した際に行う「JK21やねん」がその一例。

*2:現役の保育士として働いているらしく、「先生」と呼ばれている。